落陽

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 夕陽はまだ落ちきらずに、日中の陽射しに焼かれた目を徐々に暗闇に慣らしてくれている。

 アーロンがてきぱきと食事と寝床の準備をするのを、ござの上に座って眺めていた。この旅に出る以前から、遠方演習などで野営をしていて慣れていたようだが、それでも当初と比べると格段に手際がよくなっていることに気づく。もう我々の旅は後半に差しかかっていた。

 アーロンの準備が終わったあたりで、ちょうどよくジェクトも戻ってきた。食べられる果物を探しに行っていたのだ。火を囲んで、数日前に旅行公司で仕入れた保存食と、よく熟れてみずみずしい果実の夕食をとる。

 今日は晴天に恵まれたものの、高い気温と湿気は否応なしに体力を奪う。

 比較的早めの時間帯に腰を落ち着けることにしたのは、体力回復のためもあるが、この辺りに澄んだ湖があるからだ。

 冷たくて気持ちいいから水浴びに行ってくるといい。そう話したら、一番早く食べ終わったジェクトは、早く汗を流したいと先に湖へ向かった。きっと、ついでに泳いでくるのだろう。

 

 この旅の末に召喚士を待ち受ける運命。先日、やっとジェクトに打ち明けた。

 男はまず「そうか」とこぼした。そして、「あいつがずっと背負ってたのはこのことか?」と聞いてきた。あいつというのは、もう一人のガードの青年だ。

 おそらくそうだ、と答えたら、「おめえのこと殴りてえけど、あいつに殺されるからやめとくわ」と苦笑いした。

 最後に「色々、知らねえで言って悪かったな」と言った後、しばらくその紅い目を伏せて考え込んでいたようだった。

 それから特別何を言うわけでもなかったが、以前に比べてアーロンと私の二人の時間を意識的に作るようにしてくれているように思う。あるいは、私がいいように解釈しているだけかもしれないが。何にせよ、彼には感謝しかない。

 

 にぎやかな男がその場を立ってしまうと、残されたアーロンと自分とのあいだに沈黙が落ちる。

 沈黙といっても、決して居心地の悪いものではない。しかし今日に限っては、アーロンはそう感じていないようで、もう空になって久しいカップをもてあそんだり焚き火をつついてみたりとなにやら落ち着かない。

「なにか言いたいことがあるんだろう?」

 水を向けてやると、なぜわかったのかと言わんばかりに琥珀の透き通った目が見開かれる。この青年は本当に嘘が苦手で、それは十年以上も前、出会ったときから変わらないことのひとつだ。思わず苦笑してしまう。

「十何年も一緒にいるんだ、それくらいわかるよ。話してごらん」

 おそらく、自分でなくとも敏い者なら見抜いただろうが、そんなことはわざわざ言うまでもあるまい。アーロンは、つられたのか、観念したように苦笑いをこぼした。

「……やはりあなたには隠しとおせませんね」

 小さな火の爆ぜる音に混じって、低く、耳に心地のよい声が、たまに詰まりながらも、言葉を紡ぐのを聞いた。

 ジェクトと想いを通わせたこと。身体を重ねたこと。そして、ガードの命を受けながら、召喚士の運命を知っていながら、自分達だけが満たされることへの罪悪感。言葉を選びながら、正直に話してくれた。

 ばかだねえ、と言ったらこのまっすぐな青年は烈火のごとく怒るのだろう。

 すべてが終わった後も、ユウナが、君が、いや君たちが、幸せに生きることこそが私の望みだというのに。しかし、それを飲み込ませることの残酷さも一方ではわかっているつもりだ。

 去る方は気楽なものだ。あるいは、自分が去るということすら認識せずに去ってしまうことだってある。残される方の苦痛はあまりに大きい。それでも、残される者の幸せを願わずにはいられないのだと今は身をもって理解している。

 二人の関係はなんとなく察してはいた。最初にもしかしてと気づいた時は、ただ安堵感だけがあった。アーロンと痛みをわかちあい、心から支えてくれる存在が近くにいるのだ、と。

 しかし実際にアーロン本人から話を聞いていると、違う感情がにじみ出てきた。暗い、腹の底がじりじりと焼けるような。

 その感情に名前をつけようとして、すぐ放棄した。そのようなことをしてももはや何の意味もないのだから。自分の感情で若く可能性にあふれる青年を縛ることに臆病になって、何もしないまま今を迎えた以上は、何の意味もない。

 でも、最後に、これくらいは許してくれないかな。

 

「そうか……あーあ、惜しいことしたな」

「え……?」

「君を抱きしめたいと思っていた者が他にもいるってことさ」

「え、そ、それはどういう、」

「そりゃ一聞き捨てならねえなあ、ブラスカさんよお?」

「盗み聞きとはいい趣味だね、ジェクト?」

 濡れた髪を無造作に束ねて木の幹に寄りかかっているジェクトは、呆れたような表情を作る。そこにはわずかに笑みが含まれていた。

「出ていける雰囲気じゃなかったろうが!」

 知ってるよ、場を和ませるためにタイミングを図っていてくれたこと。

 対するアーロンは、赤くなって焦っている。

「おいジェクトやめろ。そもそもアンタ、い、いつから聞いていた……?」

 知っていてくれないか。不器用で優しい君を愛した人間が、すぐ近くにいたことを。

 

 このいとおしい存在たちを守り、生かすこと。私に残された使命は、今やそれだけだ。

 

 

 

 

【あとがき】

初めて書いたFF10二次創作。明るい話ではないですが、結構気に入ってます。

アーロンのことを大切に大切に思っているからこそ、一線を越えられない(越えるという発想すらない)ブラスカ様のことを書きたかったのだと思います(他人事)。