身を取り巻く空気が、徐々に重く湿ったものになっていく。そして濃い土のにおい。都会生まれ都会育ちのジェクトにも、今に一雨来ることは予測できた。
「降られないといいねえ」
ブラスカが、ジェクトの思考を代弁する。
自然と、目的地を目指す足取りは早くなる。頑丈な造りの橋を越えれば、雷を司る召喚獣を秘めた祈り子の眠るジョゼ=エボン寺院だ。
寺院の敷地に足を踏み入れた一行を、白くて耳の長い、小さなサルたちが出迎える。
「おおっ、人懐っこいな!」
小動物の愛らしさと物珍しさに気をとられた大男は、しゃがみこみ、チッチッと舌を鳴らして小さな生き物たちを呼び寄せようとした。しかし、向こうからは寄ってくるくせに、いざおびき寄せようとするとつんとそっぽを向いて走り去ってしまう。
「なーんでい」
「おい、くだらんことしてないで早くしろ」
数歩先から飛んで来る固い青年の声に、はいはいと声の方向を振り向いたジェクトは、その視線の先にあった光景に思わず吹き出した。
立ち止まっている青年の足元には、先ほどジェクトが呼んでも来なかったサルたちがわらわらと群がっている。よく見ると、肩のあたりにも二匹ほど登ってきている。
「おま、めちゃくちゃ懐かれてんじゃねーか」
「はあ? ……っ、」
言われて初めて気がついたらしい青年は、驚いたのを取り繕うようにせきばらいをする。
「こいつらは人を怖がらないことで有名なんだ。そう珍しいことではない」
「いや、こんなに懐かれてる人は私は初めて見たよ、アーロン……」
アーロンのさらに数歩先では、横槍を入れたブラスカが肩を震わせて笑いをこらえている。
「動物は構い倒す人よりも構わない人のところに寄っていくって言うけど、ほんとだね」
眉間にシワを寄せた苦々しい顔と、たくさんのかわいらしい小動物のコントラストがよっぽどおかしいのか、とうとうブラスカはこらえきれずに笑い出す。大いに戸惑うアーロンの横を、ジェクトはさっさと通りすぎてしまう。
「おう、雨が降りそうなんだから早く行こうぜアーロン」
アーロンも歩を進めようとするが、足にまとわりつく小動物たちを蹴飛ばさず踏まないようにと思うと早足では歩けない。思わず、すがるようにブラスカとジェクトを見てしまう。
ジェクトは舌打ちし、しかしどことなく楽しそうにアーロンのもとへ戻り、小さなサルを手で軽く払って追いやった。
「にしてもあの好かれよう、なんかフェロモン的なの出てんじゃねえの?」
からかうように言ってアーロンの首筋に鼻を寄せたジェクトと、額に青筋を浮かべたアーロン、そしてその様子を腕を組んで見ていたブラスカが、バケツをひっくり返したような雨に降られるまであと数秒――