5. 焦れったい空回り

エドガーと距離があるように感じ始めるマッシュ。時間軸は、ティナ復帰~会食イベント~帝国残留組が脱出してサマサへ向かうあたりまで。
※マッシュがオペラ座に同行してない(=ブラックジャックでのセッツァー加入イベント時にマッシュがいない)設定です

 

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「よろしくな、セッツァー」

 目の前の男はマッシュが差し出した手を見下ろした後、軽く肩をすくめて握手に応じた。マッシュは骨ばった手を固く握って上下に勢いよく振った。

 帝国の魔導研究所へ向かった仲間たちは、一部顔ぶれを変えてゾゾへと戻ってきた。具体的には、セリスの不在を見知らぬ銀髪の男が埋めていた。新たなこの仲間は空賊であり、賭博師であり、世界で唯一の飛空艇の持ち主であるという。

「エドガーの弟なんだって?」

 眉をしかめ、マッシュから解放された手を軽く振りながらセッツァーが聞いた。

「そうだよ、双子なんだ」

 男は一歩下がって、マッシュのつま先から顔、顔からつま先へと視線を往復させた。最終的にマッシュの顔面に固定させて、ふ、と笑った。

「双子にしちゃ似てないな」

「たまに言われるよ」

「外ヅラだけじゃなくて中身も」

「会ったばかりだろ。何がわかるんだよ」

「わからないさ、ほとんど何も」

 あからさまに困惑するマッシュをひと目見て、セッツァーは口角を吊り上げた。

「お前の兄貴にはイカサマ師の素質があるが、お前にはなさそうだ。今はそれくらいしかわからないな」

「どういうことだ?」

 含みのありそうな物言いにマッシュは眉をひそめる。詳しく聞き出そうとしたところで、呼びかける声が重なった。

「セッツァー!」

 声のしたほうを見ると、エドガーたちと打ち合わせをしていたロックが軽く手を挙げているところだった。

「さっそくだけど、飛空艇を出してほしい」

「行き先が決まったのか?」

 ロックに代わりエドガーが答える。

「きみと合流する前に、ナルシェでリターナー幹部も交えた作戦会議をしていたんだ。その続きをね」

 ティナがおずおずと進み出た。幻獣の面影はもう残っておらず、その両手は、今は一つの魔石を壊れ物を扱うかのように包みこんでいた。

「あの、お願いします。セッツァーさん」

 セッツァーはティナに向かって頷くと、飛空艇の準備をしてくると言って、下階への階段へ向かった。

「ま、よろしくな」

 すれ違いざまにマッシュの肩を軽く叩き、セッツァーは下りていった。煙に巻かれたような気分を持て余しながらも、マッシュは仲間たちの輪に加わった。

 

   ◆

 

 首都ベクタの中心部に位置する帝国城は、軍事力を誇示するかのような威圧感をまとってそびえ立っている。そんな外観とは裏腹に、謁見の間や大広間、そして客人用の寝室の内装は、高級な家具や調度品で飾られていた。

 封魔壁から飛び出した幻獣たちに首都を焼かれ、さしものガストラも白旗を揚げた。目が覚めた、心を入れ替えたのだと言って、リターナー陣営に対し極端とも思える歩み寄りを見せたのだ。

 会食の場を設け、平和の実現と、共同で幻獣の説得にあたることを確認したのがその第一歩だった。そして、幻獣との交渉に赴いたティナたちの戻りを待つマッシュらを客人として丁重に扱った。しかしマッシュにとっては、その態度がかえって不信感を強めた。

 

 マッシュは客室のソファに掛けていたが、五分と座っていられずに立ち上がった。

「落ち着け、マッシュ」

 すぐさま、書き物机に向かっているエドガーになだめられる。似たようなやりとりをすでに数回繰り返していた。

 もともとエドガーにあてがわれたこの部屋は、現在マッシュたちの「作戦本部」となっていた。帝国の方針転換に偽りがないか、城内を監視し情報を集め、作戦を立てる場だ。

「やっぱり俺も行ってくるよ。帝国の動きを探ってくる」

 そう言ってドアへと向かいかけたマッシュを、エドガーが書き物を続けながら制止した。

「まあ待て。カイエンたちが戻ってきてから次の行動を考えよう」

「でも――」

「マッシュ」

 固持するマッシュを、エドガーがやんわりと遮った。咎めるような口調ではなかったのに、それ以上の言及を許さないような空気があった。

 とん、とピリオドを打つようにペン先を止めたエドガーは、顔を上げてマッシュを見つめた。

「何を焦ってる?」

 あっさり本心を見抜かれたが、それでもマッシュはうそぶいた。

「焦ってなんかない」

 エドガーの指揮のもと、他の仲間たちはそれぞれのやり方で情報収集にあたっていた。

 セッツァーは帝国兵相手にギャンブルを持ち掛けつつ情報を引き出そうとしている。カイエンとガウは、ともに城内を回り怪しい動きがないか監視している。マッシュはというと、ただこの部屋に待機しているだけだった。

「万一に備えて待機するのも重要な役割の一つだぞ」

「だから焦ってないって」

「まあ……お前がそう言うなら。何にせよ、まだ単独行動は控えたほうがいい」

「セッツァーは一人で行動してるだろ」

 不満をぶつけると、エドガーは少し笑った。

「本人から、一人のほうがやりやすいと言われたのもあるが……賭博場の経営なんてものをやってると、やっかいな相手への対応や危険な状況なんかは嫌になるほど経験しているそうでね。そういうことなら彼単独でも大丈夫だと思ったんだ」

 その信頼を得ているのが自分ではないことにマッシュは歯噛みした。――確かに、焦っている。同時に焦れてもいた。昔のように、自分をいつまでも庇護の対象と思っているらしい兄に。

 マッシュはソファにどかりと腰を下ろし、苛立ちまかせに呟いた。

「兄貴も、そのギャンブル場で遊ばせてもらったってわけか」

 大人げのないやつあたりだ。話のつながりがわからないエドガーが眉をひそめた。

「急に何の話だ」

「このあいだセッツァーに言われたんだよ、兄貴はイカサマ師の素質があるけど俺には無いってさ。そんなこと、実際にやらないとわからないだろ」

 一瞬、エドガーの右眉が跳ねあがったように見えたが、確証は持てなかった。マッシュが確かめる間も無く、エドガーはやれやれと首を振って大げさに嘆いてみせた。

「私は常日頃から公正公平、誠実を心がけているというのに。理解されなくて残念だ」

「よく言うぜ」

 いつの間に戻ってきていたのか、ソファの後方に立っていたセッツァーが呆れたように言った。

「やあ、どうだった?」

「下っ端に聞いても無駄かもしれないな……今のところ聞き出せたのはやつらのくだらない武勇伝だけだ」

「それはそれは」

 深くため息をついて、セッツァーはテーブルに伏せてあったグラスに水を注いだ。中身を一気に呷ると若干愚痴っぽく「作戦」の成果をマッシュたちに話し始めた。

 この賭博師が標的にしたのは、唐突な戦いの終結にとまどいくすぶっていた下級兵たちだ。ギャンブルと酒の誘いにすぐに乗ってきた彼らにわざと勝たせて気分を良くさせることで情報を引き出そうとしたらしい。しかし結果は振るわなかったようだった。

「有り金をだいぶ使っちまった。損失分はフィガロに請求させてもらうぞ」

「もちろん、構わない」

 涼しい顔で答えたエドガーをセッツァーは胡乱げに見た。

「どうしてそんな顔をするんだ」

「悪いな。なんせブラックジャックを貸した見返りもまだだから、いまいち信用ならないんだよ」

「心配いらない、状況が落ち着いたらまとめて払うさ」

 穏やかに切り返したエドガーの横顔は、心なしか楽しげに見えた。知り合って間もないのにすでに気心知れたように応酬する二人を見る時の感情には覚えがある。認めたくなかったが、ロックに対するエドガーの信頼が垣間見えたときと同じ類の苦々しさだった。

 そんな思考は、ドアが開く音でいったん途切れた。一緒に行動していたカイエンとガウが偵察を切り上げて戻ってきたところだった。

「戻ったでござる」

「そのようすだと、お前さんたちも収穫なしか」

 セッツァーの言葉にカイエンが複雑な面持ちで頷いた。

「喜ぶべき、なのでしょうな」

 大人たちのやりとりも聞かず、ガウはソファに駆け寄るとマッシュの隣に勢いよく飛び込んだ。背もたれに体を預け、大きなあくびをする。

「こら、あまりバタバタするな」

 マッシュにたしなめられた少年は不満そうに唇をとがらせた。

「じいっと見ててもなんにもなかった。つまんなかったぞ」

「ガウどのの言う通り、これといった動きはなかったでござる。兵の中には我々に好意的な者すらいる」

 カイエンは厳しい表情で、ゆっくりと続けた。

「もしかすると帝国は、真に和解を……」

 肯定も否定もする者がいないまま、場が静まり返った。マッシュとしてもそう信じたかったが、帝国のこれまでの所業を思うと、信用するのがどうしてもためらわれた。

 その時、控えめなノックの音が部屋に響き渡った。一同は顔を見合わせる。

「皆さま、こちらにお揃いでしょうか?」

 ノックから一拍置いて、扉の向こうから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。この城に勤めているメイドだ。警戒を解かないままエドガーが応じた。

「ああ、全員ここにいるよ。どうしたのかな」

「お茶の準備が整いましたので、一式お持ちいたしました」

「『お茶』?」

「皆さまがたには格別のおもてなしをするよう皇帝陛下より仰せつかっております。選りすぐりの茶葉と焼き菓子をご用意いたしましたので、ぜひお召し上がりください」

 再び、マッシュたちは互いに顔を見合わせた。

「怪しいな……」

 訪れるタイミングが不自然だというのがセッツァーの意見だった。帝国城にはすでに数日間滞在しているが、今この時まで帝国側はマッシュたちの動向に特段干渉してこなかったのだ。

「たしかに怪しいでござるが、向こうからの接触は好機かもしれませんな」

 少しずつ漂ってきた焼き菓子の匂いに落ち着きをなくしているガウをなだめながら、カイエンが言う。

 エドガーは数秒ほど使って考えを巡らせたのち、頷いて立ち上がった。

「情報は意外なところから得られる場合もある……彼女にも色々聞いてみようか」

「上手くやれるかい? 王様」

 試すように目を細めたセッツァーに対し、エドガーは微笑んだ。

「レディ相手ならこれほどの適任はいないよ。まあ見ていてくれ」

「エドガーどの、ほどほどに」

「まいったな、カイエンにまで言われてしまった」

 冗談めかして仲間たちに笑いかける兄の背中が、今のマッシュにはやけに遠く感じられた。