数週間前、初めて「それ」を目の当たりにしたマッシュは、思わず自分の目を疑った。
今しがた自分が繰り出した技が、目の前で完璧に再現されたのだ。
マッシュとゴゴがともに戦うのはこの日が初めてだった。にもかかわらず、素早く敵に攻撃を叩き込む動きはもちろん、まとう気や、呼吸のしかたまでもが寸分違わず真似されているように見えた。
むろん、この技を戦闘時以外でゴゴに見せたことや、口頭で説明したことは一度もない。
マッシュは、それまでゴゴの「ものまね」について聞き及んではいたが、具体的なイメージまではつかめていなかった。自分の技を真似されてはじめて、その真価を思い知ったのだった。
それ以来、マッシュはゴゴに対して、悔しいような釈然としないような、そんな割り切れない感情を持っている。
マッシュ自身が編み出した技を真似されたのであれば、ここまで複雑な気分にもならなかったはずだ。
これほどまでに気にしてしまうのは、ゴゴがものまねしたのが、師匠直伝の奥義であったからだった。
師匠と弟子の間の信頼関係や、修行による心身の成長。そんな積み重ねが背景にあってこそ、あの奥義を受け継ぐことができたのだとマッシュは思っていた。
それを、一目見ただけであっさりと再現されてしまった。師匠との面識などまず間違いなく無いであろう、第三者のゴゴに。そのことがどうしても納得いかなかったのだ。
それにゴゴは、マッシュの技だけでなく、魔法を操ることもできれば機械も扱え、スケッチなども難なくこなしてしまう。マッシュはそこまで器用にはなれない。持っているのは、鍛え上げた己の肉体と愚直に磨いてきた技のみだ。
万能なものまね士がいれば、自分がこうして戦闘メンバーに加わる必要もないのではないか。実際にはそう単純なことではないとわかっていても、ついそんなことを考えてしまうようになっていた。
悔しいし、釈然としない。それは苦い感情ではあるが、時に自分の成長の「バネ」にもなりうることをマッシュは心得ていた。
ある日、ロックとガウ、そしてゴゴとともに森を探索していたマッシュは、ゴゴの身のこなしの秘訣をどうにか探れないかとその後ろ姿を観察していた。
――どうしてあんな重そうな衣装をまとっておきながら、素早く動けるのだろう。
ゴゴがマッシュを真似るように、マッシュも、ゴゴから学べることがあればなんだって吸収したいと考えていた。
しかし、いくら眺めても何のヒントも得られそうにない。そう簡単にはいかないか、とマッシュはひそかにため息をつく。
と、その矢先、少し先を歩いていたゴゴが、急に崩れるようにうずくまった。
「あ……二人とも、ちょっと止まってくれ!」
さらに先を歩いていたロックとガウに、大声で呼びかける。それからマッシュは、膝をついているゴゴのもとに駆け寄った。
「大丈夫か?」
足元を見ると、鮮やかな色に染め上げられた衣装の裾が、木の枝に引っかかっている。それでバランスを崩したのだろうか。
「立てそうか」
手を差しのべてみるが、ゴゴは右足を押さえて立ち上がろうとしない。足を痛めてしまっているようだ。覆面の下の表情は見えないが、いつものオウム返しがないところから察するに、その余裕が無いほど痛いのかもしれない。
マッシュは、ゴゴに肩を貸そうとしゃがみこむ。しかしすぐに、前方から鋭く飛んできたロックの声に気を取られ、顔を上げた。
「マッシュ! ゴゴ! 何してんだ早くしろ!」
焦ったようにマッシュの後方を指さすロックが、後ずさりながら必死に叫んでいる。ロックの隣を歩いていたはずのガウは、とっくに先の方へと駆けていた。
おそるおそるロックの指し示す先を振り返ると、遠目からでもわかる巨体をした恐竜が、獰猛な目をぎらりと光らせてこちらをにらみつけている。一気に血の気が引いた。
このモンスターは、今のマッシュたちの実力では手に余る。運悪く遭遇してしまったらすぐに逃げること。そう仲間たちの間で決めていた。
今マッシュたちがいるところからそれなりに距離があるように見えるが、ああ見えて敵は素早い。油断したらあっという間に追いつかれてしまうだろう。
「やべ……」
こんなところを襲撃されたらひとたまりもない。ぐずぐずしている暇はなかった。
「だいぶ揺れると思うけど、ちょっとガマンしてくれよ」
そう断ったうえで、マッシュはゴゴの体を、荷を担ぎ上げるようにして肩の上に抱えた。片手で胴を支え、空いている方の手で自分とゴゴの荷物袋をひっつかみ、すぐに全速力で駆けだした。
それに耐えうるほど自分の体が丈夫でよかったと、マッシュは心の底から思わずにはいられなかった。
「……さすがにこれは真似できないだろ」
走りながら、大人げないと自覚しつつマッシュは呟いた。ゴゴが同じようにしてマッシュを抱えて走ろうとしても、きっとこの体格差では不可能だ。
「……さすがにこれは真似できないだろ」
同じ言葉を返してくるその声色が、心なしか悔しそうに聞こえる。勝手に小さな優越感を覚えながら、マッシュは敵を振り切るまでひたすらに走った。