野宿が続いた後に立ち寄る町では、買い物も必然的に多くなる。
買い出しの帰り、マッシュとエドガーは重い荷物を引き受け、他愛のない話をしながら宿への帰路を先導していた。
「たまに、口説いたレディに怒られる時がある」
どういう話の流れかは不明だが、不快にさせるのは本意ではないのに、とエドガーがぼやいている。聞いていたマッシュはふうん、と相づちを打つが、直後ふと何かを思い出したように切り出した。
「どうしてか知りたいか?兄貴」
「ぜひご教授願いたいね」
と、マッシュは少し顎を引いてさっとエドガーを頭からつま先まで眺める。それが済んでから、そうだなあ、と再び口を開いた。
「兄貴は、きれいだ。外見もそうだけど、佇まいって言うのか?こう……いつもすっと真っすぐ立ってる感じがすごくきれいだ。もっといい言い方ができればいいんだけどな。そういえば、兄貴は言葉の引き出しも多いよな。まあ女の人を褒めるためなのかもしれねえけどさ」
突然始まった弟による評論に、エドガーは立ち止まって二の句が継げなくなっている。当の弟は、兄に合わせて歩みを止めながらも、口は止まる気配がない。
「いつも堂々としてるし、みんなの前で無防備な表情になるのってそうそう無いから、見られた時はすげえ嬉しいんだよな……あ、ちょうど今みたいな顔だな。あと表情はいつも通りでも耳だけ赤くなってたりするときがあって、それもいいと俺は」
「おい、やめろ」
エドガーが、荷物を持っていない方の手でマッシュの口をふさいだ。耳が、今しがた形容された通りの色に染まっている。首を反らせて口をふさぐ手から逃れたマッシュは、そんな兄を見てニヤリと笑った。
「兄貴、どう思った?」
「は?」
「今の聞いてどう思った」
エドガーはすぐには答えずに、無言でまた歩き始める。マッシュもそれに続いた。十歩ほど進んでから、なおも答えを待っているらしいマッシュに地を這うような声で返す。
「恥ずかしいことを公の場で言うんじゃない」
「同じように思った人もいたんじゃねえか?口説かれて怒った人の中には」
「む……なるほど、可能性はあるな」
複雑さを隠しきれていない声色ながらも、マッシュの指摘には納得したようだった。
マッシュはというと、先ほどの不敵な笑みから一転、空いている手で照れくさそうに頭をかいている。
「まあ、これはこないだ城に戻った時に聞いた話の受け売りなんだけど」
『あまりみんなの前で褒められると、居心地が悪かったり恥ずかしいときがある』――フィガロ城で働く女性たちがそういう話をしていたのだ、という説明を聞いて、エドガーは苦笑した。
「いや、指摘してもらって助かった。俺のように恥ずかしい思いをレディにさせるわけにはいかんからな」
マッシュはその言葉に満足そうに頷いていたが、ふと、首を傾げる。
「俺は別にさっきのが恥ずかしいとは思わねえけどな。褒めたっつっても、ただ事実を言っただけだし」
フィガロ国王の軽く握られた右の拳が、王弟の左の二の腕あたりに炸裂した。
「マッシュはエドガーのことよく見ているのね。兄弟ってみんなああいう感じなの?」
フィガロ兄弟の少し後ろ、ロックと並んで歩いているティナの、ほのぼのとした疑問。
大柄な双子がじゃれあう背中を見せつけられたロックは、ティナに答える代わりに、「沈黙は金」というどこかの国の古いことわざを思い出していた。
【あとがき】
これ、ただの仲いい双子では?感もありますが、マエドです(暗示)