2023年3月分

使用お題

3/26分:
■サイト名:TOY/管理人:遊さま
■URL:http://toy.ohuda.com/
■使用お題:『手のお題5×5』より、「手5題」
 
3/30分:
■サイト名:どこまでも、まよいみち/管理人:そだ ひさこ さま
■URL:https://mayoi.tokyo/switch/switch2.html
■使用ツール:「三題噺スイッチ改訂版」

 

各話リスト

2023/3/26【イタズラな手】(お題:「イタズラな手」)
2023/3/30【宛名のない手紙】(お題:「1. 落ち葉」「2. 王妃」「3. ペン」)

 
 

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2023/3/26【イタズラな手】

 

 子どもの考えることはたまに理解しがたいときがある。やけに大人びた態度をとったり達観したようすを見せたかと思えば、次の瞬間には年相応の無邪気さに変わったりして、戸惑ったことは一度や二度ではない。

 それが、旅路をともにすることになった少年と少女に対するマッシュの正直な所感だった。これまでの人生で小さな子どもと接する機会はそう多くなかったし、自分の幼少期を思い返してみても、あまりに違いがありすぎて参考にならないのだった。

 

 今も、いたずらでも仕掛けようとしているのか、周囲の探索を終えて飛空艇まで戻ってきたマッシュの後ろに、隠しきれない二つの小さな気配がある。

「そこにいるのはわかってるぞ、リルムとガウ」

 先手を打ってみると、少年が短い驚きの声を漏らした。それをとがめるように「しっ」と少女が鋭く囁く。直接見ずとも二人がどんな表情をしているのかはっきりと想像できて、マッシュは笑い声を抑えきれなかった。

「なんでわかるのよう」

 振り向いた先には、頬を膨らませたリルムと決まり悪そうに肩を落としたガウが物陰から出てくるところだった。

「二人ともまだまだだな。ロックに忍び足でも教わってからまた来いよ」

「ほかのみんな、ガウたちにきづかなかった。ござるだって……」

 唇をとがらせて呟くガウに、マッシュは内心苦笑する。「ほかのみんな」が誰を指しているのかはわからないが、少なくともカイエンがガウとリルムの気配に気づかないということはないはずだ。心根の優しい彼のことだ、いたずらに付き合ってやったというのが本当のところなのだろう。

「で? 何をたくらんでたんだ」

 歩み寄ってきた少女と少年に相対し、マッシュは腕を組んだ。やや腰を折って目線を近づける。リルムとガウは互いに顔を見合わせ、やがて観念したようだった。

「くすぐろうと思ってたの」

「くすぐる?」

「うん……くすぐった時のみんなの反応が面白いから」

 これまでこの二人の策略にひっかかった仲間たちに同情しつつ、マッシュは少し呆れた。そんなマッシュの心情を知る由もないガウが心底困ったように口を開いた。

「でもシャドウとエドガーはむずかしい、すぐきづかれる」

「そうそう、その二人が難関なのよね」

 シャドウはともかく、かように二人が語るエドガーの反応はマッシュにとっては意外だった。むしろその逆のように思えたのだ。兄は何かに没頭するとすっかり入り込んでしまう傾向がある。声をかけても反応すら返さないこともしばしばだった。昔から変わらない彼のくせだ。

「兄貴、そんなに気配に敏感かなあ」

 かみ合わない互いのエドガー像に、リルムは怪訝そうに軽く眉をしかめた。

「そうだよ? ちょっと離れたとこにいても静かにしててもすぐ見つかっちゃうもん。機械いじりしてる時とかを狙って行くんだけどさ、全然スキが無いっていうか」

 どうすればいいんだろうと、リルムとガウはまた顔を見合わせた。反省の色が見えない子ども二人に、マッシュは毒気を抜かれて注意する気も失せてしまった。

 

 このできごとがマッシュの意識に上ったのはそれから二日後の夜、立ち寄った町の宿で休んでいる時だった。

 休むといっても、エドガーは部屋にこもりフィガロ城から持ち出した書類仕事の片付けにまい進していた。

 マッシュとしては、口にこそ出さないが今度城に戻った時に取り組めばよいのにと思う。一方で、今夜兄弟と同室のロックはマッシュと同じ考えをそのままはっきりと口にしたがためにエドガーにうるさがられ、今は部屋を追い出されていた。

 小さな書き物机に向かって丸まっている兄の背中を、マッシュはベッドに転がりながら眺める。時々腕を組んで考え込んだり、頭を抱えて唸ったりと深く集中しているようすがうかがえた。

 その時、ふと数日前のリルムとガウとのやりとりが思い出された。リルムによれば、おそらくこういう場面であってもエドガーはすぐに他人の気配に気が付くということなのだろう。しかしマッシュからすれば、今のエドガーは無防備そのものにしか見えなかった。

 どちらが正しいのか。ふいに好奇心が湧いた。マッシュは肘をついてゆっくりと体を起こすと、そろりとベッドを降り足音を殺して机の方へと近づいた。

 エドガーは、目を閉じほおづえをついて何か考えているようだった。そのようすがわかるほどマッシュが近づいても特に何の反応も見せない。ではこれならどうかと、マッシュはエドガーの脇腹あたりを狙って両手を伸ばした。

 そして指先が触れた瞬間、くすぐるまでもなく、エドガーは短く声をあげて椅子の中で飛び上がった。

 なんだかんだで寸前で気づかれるだろうとたかをくくっていたマッシュは、予想外の反応にあっけにとられた。仕掛けた側も仕掛けられた側も無言で、しばし居心地の悪い沈黙が流れた。

「あの、なんか……ごめん」

 据わりの悪さに耐えきれずマッシュはとりあえず謝罪した。それを受けて振り返ったエドガーは、冷たく細めた目でマッシュを一瞥した。

「なんだ、いつの間にガウとリルムに仲間に入れてもらった? 成功してよかったな」

「ああもう、悪かったって」

 低い声での皮肉に相当な不機嫌を察知し、マッシュはすっかり弱り果てて頭をかいた。苦い表情で睨んでくるエドガーの怒りの矛先をあわよくば逸らせないかと、苦しまぎれに言ってみる。

「あ、そうそう。ガウとリルムといえば、あいつら悔しがってたぜ。兄貴にぜんぜん隙が無いから、いたずらできなくてつまらないって」

 それを聞いたエドガーは、軽く目を見張る。直後、深くため息をついて眉間を揉むようにして押さえはじめた。

「俺も大概緩んでるな……」

 どういう意味かとマッシュが問う前に、エドガーは横目で視線を送ってきて眉を上げた。

「これからはいついかなる時も緊張感を持たないとな、たとえ側にお前しかいない場合でも。これじゃあ、いついたずらされるかわかったもんじゃない」

 不本意だが仕方が無い、とでも言いたげに放たれた言葉を理解するや否や、マッシュは反射的に口を開いていた。

「それは、嫌だよ」

「なぜ?」

「なぜって、だって――」

 続きを言うまでもなく、エドガーには答えがわかっているようだった。正面からマッシュに向き直ったエドガーは、渋面から一転、みるみるうちに相好を崩した。

 それは、エドガーが常日頃見せている、整いすぎた作りもののような王の笑みからは程遠い。彼の本当の温度を感じさせてマッシュの胸を熱くする貌だった。

 

 

 


2023/3/30【宛名のない手紙】

 

 厳しい暑さの夏が過ぎて、落ち葉も舞い始めるこの季節がマッシュは苦手だった。この時期になると、城下町がフィガロ国王妃の待望論でもちきりになるからだ。

 

 八月の国王生誕日が盛大に祝われて、そのほとぼりも冷めたころに、新聞や大衆向けの雑誌記者のペンが書き立てる。何をかというと、平たく言えば「わが国王のご成婚はいつになるのか」だ。これがおおっぴらに話題に上がり始めたのはエドガーが二十歳をすぎたくらいからだとマッシュは記憶しているので、今年で五回目ということになる。

 この内容に触れた新聞や雑誌は、どうも売れ行きがいいらしい。この時期にコルツ山からサウスフィガロに下りて市場などを覗いてみると、普段読み物のたぐいは取り扱わない店まで紙面を置いていたりするのだった。

 この現象にも理由があることをマッシュは理解しているつもりだ。

 とどまるところを知らない帝国の勢いにともない、年々世界の情勢はきな臭くなっている。またその帝国の「同盟国」であるフィガロは、同盟とは名ばかりの不平等な扱いと、反帝国の国や都市からの冷ややかな視線の板挟みになっていた。そんな状況に不安や不満を募らせた皆は、明るい話題を欲しているのだ。

 確かに、若い国王の隣に美しい王妃が並べば皆の希望になるのかもしれない。それに、仲の良かったという父と母――前代の王と王妃――の記憶を大事にとどめていて、同様の光景を今一度見たいと願っている町人もけっして少なくない。

 頭でわかっていても、マッシュの心は晴れない。所用で訪れたサウスフィガロの町では今日も住人たちが例の新聞たちを買い求めていて、マッシュは早々に用事を済ませてほとんど逃げるように修練小屋へと戻った。

 こういうときのマッシュの行動は決まっている。小屋の隅に慎ましくたたずんでいる、自作した木製の書き物机に向かうのだ。複雑な心境を、兄への手紙という体でしたためる。

 勝手なことを書いている新聞や雑誌の名前、町人たちのうわさの内容。それらに対してマッシュがどう思ったか。そしてエドガー自身はどう考えているのかを問う。感じるままに書き連ねた。

 当然ながら、この手紙を実際に兄に送ることはない。仮に送ったとしても、出奔者からの文など、王の手元に届く前に城ではじかれるに違いなかった。かといって破って捨てるのも忍びない。一通り書き終えたら、便箋を一応封筒に収めたうえで手箱に突っ込んで、それきり忘れることにしていた。

 

 それから数年の時が流れ、また夏が巡ってきた。マッシュにとって、城でエドガーとともに迎える久々の夏だった。

 二週間後に迫った国王生誕祝いの儀式に兄弟そろって出ることになり、二人はその準備に追われていた。今日も長たらしい打ち合わせが続き、午後になってからようやく解放されたマッシュは、会議室を出て大きく伸びをした。後ろでエドガーが軽く笑うのが聞こえてくる。

「マッシュ、心配するな。今年は明るい話題ばかりだから、皆そっちに気を取られて俺のことなんて書かないよ」

「そうかなあ。なんか風物詩みたいになってるからさ……」

 ごく自然に受け答えをした直後、違和感に気づく。まさかと思って振り返ると、宛名もなにも書かれていない封筒を指で挟んでにやにやしているエドガーがいた。

「そ、それ、手紙、どうやって」

「もともとはお前の荷物に入ってたんだろうが、この一通だけこっちに紛れ込んでいてね」

「読んだ……よな」

 エドガーは笑みを深めた。

「じゃあ後で返事聞かせろよな」

 半ばやけになって言い放ち、マッシュはエドガーに背を向けて歩き出した。ここに鏡が無いことに感謝する。頬がひどく熱かった。

 少し間を置いた後に、追ってくる足音とともに、「いいよ」と肯定する穏やかな声がした。