2024年分

使用お題

いずれもマエドお題ガチャより

 

各話リスト

2024/2/20【Hand in Hand】(お題:「深い森林にて。兄の手を引く弟と、つい笑ってしまう兄。」)
2024/4/6【今日はおあずけ?】(お題:「フィガロ城にて。あと一歩を踏み出せない弟と、やれやれと思っている兄。 」)
2024/9/2【Like the Old Days】(お題:「国王の執務室にて。ついついニヤける弟と、歌を口ずさむ兄。」)
 
 

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2024/2/20【Hand in Hand】

 
 北に歩いていたと思ったらどうも違うらしい。ならばと来た道を戻ったはずが、思っていたところにたどり着かない。

 何度目かの行き来を経て、エドガーはついに認めた。

「迷ったな、これは」

 一緒にさまよっていたマッシュも、諦めがにじむ顔で苦笑してみせた。

「完全にな」

 むやみやたらに単独行動をしない。それは、この旅路でエドガーが心得た探索の基本だ。

 その基本をものの見事に破ってくれたガウとロックに取り残された形で、エドガーとマッシュはもうじき夕闇に完全に包まれようとする森にたたずんでいた。

 あの二人に関しては――それぞれ珍しい昆虫と「お宝の気配」なるものを追って勝手にどこかへ行ってしまった――まず心配はないだろう。

 ガウの鋭い勘はまさしく野生動物のそれで、本能的に安全な場所を見つけられるはずだ。ロックも、いくつもの危険をくぐり抜けてきた男だとエドガーは知っている。

 むしろ注意すべきは自分たちだ。下手に動くよりもガウが見つけてくれるのを待つほうがよっぽど安全に思われた。

「とりあえず、安全な場所を探そう」

 ちょうど同じことを考えていたエドガーはマッシュの提案に従い、弟の背を追って歩き出した。

 夜はモンスターの活動が活発になる。このあたりのモンスターに負けることはまずないだろうが、それも戦う準備ができていればの話だ。無防備に寝ていたら、怪我どころか下手をすれば命さえ落としかねない。そのため、完全に暗くなる前に、魔物たちから身を隠せる場所を探そうというのだった。

 今日は季節の変わり目で生ぬるい気候だった。移り気な気候は強風を生んで、時折笛を吹くような甲高い音とともに突風が吹き荒れる。そのたびに梢に繁った葉が大きくざわめいて、静まり返った森の中に響いた。

「気味が悪いな」

 そうつぶやいたのは、マッシュの返事を期待してのことではなかった。

 しかし先を歩いていたマッシュは振り返ると、数歩分空いていたエドガーとの距離を詰め、ずいと片手を差し出してきた。

「うん……?」

 首を傾げるエドガーに、マッシュは「ん」と短く促して、広げた手のひらを再度突き出してきた。

「気味悪いって言ったろ。だから、手」

「怖いとは言ってないぞ」

「どっちだって同じだ」

 無茶苦茶を言って、マッシュはやや強引にエドガーの手をとった。そのままどんどん先へ進んでいく。

「どうした、マッシュ」

 そう言うくせに弟におとなしく手を引かれているさまは、ロックなどにとってはたいそうからかいがいのある光景だろうとエドガーは声を立てずに笑った。

 そこでふと、立場は逆であるものの、この構図に覚えがあることに気づく。一体何だったかと記憶を手繰っていくうちに、ずいぶん昔の、夜のフィガロ城の光景が思い出された。

 昼間は活気づいている城も、夜になればとたんに静かになる。石造りで夏でもひんやりと涼しさを保つ城の造りは、裏返せば、人の気配がないと冷たい印象がどうしてもつきまとうということでもあった。

 あの日は、真夜中に自分たちの部屋を抜け出して、確か離れに建つ塔から星を眺めようとしたのだ。

 大人にとっては大した事のない移動でも、子どもにとっては大冒険だ。廊下に誰もいないことに怯えるマッシュを見て、何があっても弟を守ると意気込んで、ちっぽけな肩に使命感を背負い込んでいた。そんな幼い記憶だ。

 実際には、翌朝のばあやの説教からは弟も自分も守ることはできなかったのだが。

 

 そして今、エドガーの手を引きどんどん先へと進むマッシュの背中を改めて眺める。

 あの頃のマッシュもこのような光景を見ていたのだろうかと考える。ただ、あの頃の自分と今のマッシュとでは様々な面で比べ物にならない。今エドガーの目の前にあるのは、それほどに広い背中だった。

「なるほど……」

 独りごつエドガーをマッシュが不思議そうに振り返る。視線が合うとエドガーは目を細めた。

「なかなか、いいものだね」

 そう言ってみれば、手を握る力がわずかに強まった気がした。

 

 

 


2024/4/6【今日はおあずけ?】

 

「マッシュ」

 声にひそませたものに気づかないほどマッシュは鈍感ではない。それを証明するかのように、弟はわかりやすく喉を上下させた。

 

 双方何かと忙しく、まともに顔を合わせたのは一ヶ月ぶりだった。

 昼間に図書室で鉢合わせた時に、たまにはおれの部屋で飲もうと言い出したマッシュに下心がなかったとは言わせない。

 目に宿る温度が訴えていた。そしてきっと自分もそういう目をしていた。その自覚があったので無性に気恥ずかしくなり、たまにはいいなと答えながらマッシュの背後に並ぶ本の題名を視線でなぞっていた。

 長かった一日が終わり、城の大半が寝静まったころに酒とグラスを携えて弟の部屋を訪ねた。

 物が多いと落ち着かないからと言って、この部屋には必要最低限の家具のみが置かれている。ベッドにチェスト、マッシュの体躯と釣り合っていない小さなテーブル。ほとんど寝るために帰るような部屋だった。

 一脚しかない椅子を譲られて、ベッドに腰掛けるマッシュとテーブルを挟んで、何を話すでもなくしばらく飲んでいた。しばらく弟のようすを観察していたが、何も起こる気配がない。

 なのでこちらからきっかけを与えることにした。ベッドへ移動して隣に座る。投げ出されていた手に自分の手を重ねる。顔を見つめながら名前を呼んだ。言い逃れできない、そしてマッシュが見逃しようのない情欲を含ませて。

 しかし当の弟はといえば、サインは受け取っているくせに行動を起こそうとしない。口を開き、閉じて、また開き、しかし何を言えばいいのかわからない、といったふうだ。

 この期に及んで何を言う必要があるのだろう。言葉を必要なくさせてやろうという衝動が湧き上がったが、懸命に抑えた。無理強いしても意味がないし気が変わったなら仕方ない。

 ここまで膳立てしてだめなら、もう今夜は引いたほうが良さそうだ。

 手の甲を指先で軽く引っかいたのはちょっとした八つ当たりだ。気づかれないようにごく軽く息をつきながら、テーブルへと手を伸ばす。グラスをあおると、底の方に申し訳程度に残っていた酒はすぐになくなった。

「じゃあ、おやすみ」

 立ち上がろうとしたその時、手を掴まれてバランスを崩しそうになった。

 どうした、と出かけた言葉が宙に浮く。昼間と同じ目でマッシュが見つめてきたからだった。心なしか少し潤んでいる瞳に絡め取られているうちに、手の中にあったグラスは奪われていた。

「お前のツボがわからん」

「……おれも」

「もとはといえばお前から誘ってきたのにな」

「ごめん」

 マッシュは小さく詫びて身を縮こませた。

「久々だから、その、がっついたら悪いかなとか色々考えてたらどうすればいいかわからなくなっちまってさ」

 殊勝なことを言いながらもマッシュは覆いかぶさってくる。抵抗せずに広いベッドに背中を沈ませた。

「でも、やっぱり、我慢できなかった」

「誰が我慢しろと言った?」

 図らずも拗ねているような響きになってしまった。ずっと申し訳無さそうにしていた表情がようやく和らいだ。

「待たせてごめんな」

 まったくだ、どれほど待ちわびたか。

 言葉にする代わりに、唇をなぞる親指を甘く噛んでやった。

 

 

 


2024/9/2【Like the Old Days】

 

 親しき仲にも礼儀ありと言うが、一日に何度も訪れる場所ではそれもついおざなりになるときがある。

 フィガロ国王執務室の扉の前に立ったマッシュは、ドアノッカーで軽く戸を叩き、返事が聞こえる前に扉を大きく開けた。これで本日五回目の訪問だった。

「おい兄貴……ん?」

 まず視界に入るのはどっしりとした執務机だ。しかしそこにエドガーはいない。さっと視線を走らせれば、部屋の隅に設けられた作業机にエドガーがいるのが見えた。

 この部屋は主に書類仕事や簡単な応接に使われるが、いつの間にかエドガーはそこに小さな作業机を持ち込んでいた。大型の機械は設備の整った広い工房で取り扱うが、小型のものは工房ではなくここで開発や整備をすることもあるのだ。

 手袋を着け、工具を器用に操り、エドガーはすっかり夢中になっていた。マッシュが入ってきたことにも気づいていないようだった。書類仕事に追われる毎日の中、この時間が兄にとって大きな意味を持っていることはマッシュにもわかっていた。邪魔をしてしまうのは忍びなかった。

 神官長からの頼まれごとではあったが、そこまで急ぎの用というわけでもない。マッシュは足音を殺して、作業机の反対側の隅に配置されている来客用のソファへと向かった。音を立てないようにして腰を下ろし、集中する兄の横顔を見つめた。

 金属がぶつかり合う細かな音がする。そこに混じって低くエドガーの声が聞こえることにマッシュは気づいた。独り言かと思ったが、何やら節がついている。よく見るとブーツのつま先も一定の間隔で床を軽く叩いていた。

 マッシュは目を閉じ耳を澄ませて、兄の声をより一層拾い上げられるように集中した。

「……おまえの……もとへ……」

 おぼろげにだが聞き覚えのあるメロディだ。いったん歌は途切れ、柔らかな鼻歌が続く。

 いつどこで聞いたのだったか、もう少しで思い出せそうなのだが、いまいち決め手に欠ける。記憶を探りはじめたマッシュだったが、答えは案外すぐにもたらされた。

「いとしの……あなたは……」

 その詞とメロディを聞いたマッシュは、危うくああと大声を上げそうになった。

 旅の途中、故あって観劇することになったオペラだ。このあたりの部分はセリスが見事に歌い上げていたから印象に残っている。どうやら兄は一人で全ての役をこなすつもりらしい。

 それにしても一回観劇しただけなのによく歌詞を覚えているものだ。マッシュは感心して、耳に心地良い声にしばし浸っていた。

 しかし突然、流れるように続いていた調べが不自然な箇所で途切れた。マッシュが目を開けると、エドガーは手元で工具をもてあそびながら、歌詞を思い出そうとしているのか、宙に視線を向けていた。

 少しのあいだ沈黙が続いたがついに諦めたらしい。開き直ったように、エドガーは鼻歌で一人のオペラを再開した。それ以降、時々正しそうな歌詞が紡がれたと思えば、また鼻歌へと戻る。自由きままな歌唱に、マッシュは拳を口元に当てて必死に笑いをこらえていた。

 その時、作業机から一本のねじが床に転がり落ちた。

「おっ、と……」

 鼻歌を中断したエドガーは、屈んでねじを拾い上げた。

 その拍子に、一連の行動を眺めていたマッシュと目が合う。たっぷり三秒ほど、無言の時間が訪れた。

 おもむろにエドガーは立ち上がり、右手の手袋を外して床に叩きつけた。

「けっとうだ!」

 もう限界だった。マッシュはソファに転がり、腹を抱えて笑い出した。目尻に涙が滲んできた。息も絶え絶えに指摘する。

「それ、歌詞だいぶ飛んでないか」

 指先で目元を拭うマッシュを、エドガーは不機嫌な顔で見返した。その表情はきまり悪そうにも見えた。

「このあたりはよく覚えていないんだ」

「途中から観劇どころじゃなくなっちまったしな」

「どうなるかと思ったよ、あの時は」

 話題を逸らそうとする気配を感じて、そうはいかないとすかさずマッシュは続けた。

「音程は取れてたし……なかなか上手だったよ、兄貴」

「……忘れてくれ」

 エドガーは右手で軽く顔を覆った。ピアスの光る耳がほのかに赤くなっていた。

「いやだ」

「いやだ、ってお前なあ」

「俺しか聞いてなかったし、俺は誰にも言わない。それじゃだめか?」

 もとより、マッシュには誰かに伝えるつもりなどなかった。エドガーのこうした一面は自分だけが知っていればよいのだ。そもそも忘れようとして都合よく忘れられるものでもない。

 エドガーは答えず、不服そうに手袋を拾い上げた。

 ふいに、その表情が、何かひらめいたようなものに変わっていく。

「そうだ、『決闘』で俺が勝ったら忘れてもらおう」

「ええ?」

 戸惑うマッシュに構わず、エドガーはいそいそと執務机へと向かった。書き損じの紙を入れておく箱から、大判の紙――機械の設計図だろうか――を数枚掴み取り、重ね、端から丸めて棒のようにした。

「ほら、お前の分」

 目を白黒させるマッシュにそれを押し付けて、エドガーは同様にもう一つの紙製の棒を作り上げる。それを両手で持ち、構えた。

「勝負だ、マッシュ」

 そこでようやくマッシュは察した。剣劇をしようというのだ。

 幼い頃に、城仕えの兵士による模擬戦闘を父王と観戦してから、しばらくマッシュとエドガーのあいだで「勝負」が流行った。

 父やばあやの目を盗んでは、兵の華麗な剣さばきを懸命に真似ようとしたのだ。今エドガーがそうしたように、紙でこしらえた剣が最も手軽に調達できる得物だった。

 戦績は五分五分といったところだったが、今振り返ると兄に多少手心を加えられていたのだろう。それを思うと、いまさらながらに対抗心がうずく。

 マッシュもまた紙の剣を構え、口の端を持ち上げた。

「もうあの頃の俺じゃないよ」

「おもしろい」

 互いに振りかぶり、そして紙仕立ての剣がぶつかり合おうとする、まさにその時だった。

「マッシュ? エドガーは見つかりましたか」

 開け放したままだった扉から神官長が顔を出した。自然、マッシュの視線は来訪者へと向けられる。

 マッシュとエドガーの姿を認めた神官長は一瞬目を見開いて、深い深いため息をついてから、呆れたようなまなざしを向けてきた。

「……いい大人が二人して何をやっているのです」

 

 その後、双子が少年時代以来となる長い小言を頂戴したのは言うまでもない。