冬の夜、砂漠は厳しく冷え込む。
マッシュとエドガーは、エドガーの部屋で、暖炉に当たりながらとりとめもない話をしていた。暖炉の熱で体表を温める。そして湯気を立てながらガラスのカップを満たす飲み物で内から温める。
二人が飲んでいるのは、ワインを温め、そこにスパイスやはちみつを加えたものだ。材料となる香辛料はフィガロ近辺では採れない。そのため、この飲み物も頻繁に飲めるわけではなく、多くて年に数回の楽しみだ。
時計の針が十二時ちょうどを指した。新しい年が、静かに始まった。
「新年おめでとう」
「おめでとう」
賀詞を交わし、顔を見合わせ、双子は同じようなタイミングで笑う。
それからカップを置いて、互いの頬に軽くキスをした。
「この年越しの仕方は久々だなあ」
エドガーがしみじみと言う。
前回の一月一日は、世界崩壊に巻き込まれてそもそも再会していなかった。その前は、過酷な旅路の途中だった。仲間とともにテントの中でささやかな新年のお祝いをした覚えがある。
兄弟が最後に城でともに年越しをしたのは、マッシュが城を出る前、父王が健在だった時期まで遡らなければならない。実に十数年前だ。
父はどんなに多忙であっても、年越しの時は必ず家族だけで過ごす時間を作ってくれた。
今日だけは特別に、と今二人が飲んでいるような飲み物(兄弟が幼い時分は、ワインの代わりにぶどうジュースだった)を一緒に味わう。
年が明けたら、おめでとうを言い合い、親愛のキスを贈り合う。父が元気な間はこれが毎年の恒例となっていた。
普段双子が夜ふかしをしていると厳しく注意するばあやも、この日ばかりは目こぼししてくれた。
「なんか楽しかったよな。遅くまで起きてられるのも年末くらいだったし」
マッシュは、当時の記憶を呼び起こしながらワインを口にする。エドガーはマッシュの言葉に同意した。多くの人にとってそうであるように、フィガロ親子にとってもこの日は特別だった。
おいしくて、楽しくて、嬉しくて。心が浮立って仕方なかったのを、マッシュは昨日のことのように思い出せる。楽しい時間が終わり、おやすみと父に頭を撫でられても、とても眠れないと思ったものだ。
思いつつも、翌朝寝坊してばあやからお小言をもらいたくないので、父におやすみを言ったらさっさと毛布にくるまる。そうしたら、いつの間にか眠りに落ちて朝を迎えているのだった。
「さて……ワインを飲んだ、あいさつもした、キスもした」
ふいに、エドガーが指を折り曲げて数えるように言う。三つまで数えてから、マッシュを見て、一つまばたきをした。
「そうするともうおやすみ、か?」
その声にどこか残念そうな、あるいは誘うような響きを感じとったのは、マッシュがそうであってほしいと望んでいるからだろうか。
マッシュは、例えるなら暖炉の真正面に置いたチョコレートが溶けるくらいの速度で笑み崩れているであろう自分の顔を意識した。そして片手で覆い隠した。
「なんだその手は」
「いや、なんでも」
なんとか表情を引き締めて、咳払いをした。そうやってマッシュは冷静な大人のふりをする。
「俺は、もう少しだけ起きてようかな。兄貴は?」
「じゃあ俺ももう少しだけつきあってやろう」
口調こそ尊大に。しかし笑顔は甘く、微かににじむ蠱惑。エドガーの表情を見て、マッシュは、子どもの頃の弾む感じとはまた異なる胸の高鳴りを覚えた。
もうしばらくは眠れそうにない。