灼熱の洞窟を探索中に遭遇したのは、巨大な鳥のような見た目をした魔物だった。
早く片付けてしまおう、とエドガーたちはあらゆる手を使って攻めるが、敵は意外と俊敏だった。身軽に飛び回られて、なかなか攻撃が当たらない。
しかしついに、転機が訪れた。モグのジャンプ攻撃が命中し、敵の巨体が槍によって貫かれたのだ。敵はもがき苦しみ、耳ざわりな鳴き声があたりに響きわたる。
やっと終わるか。そう思いかけたエドガーだったが、最後のあがきのつもりか突然激しく暴れ始めた魔物に、再び武器を構えた。
モグは、まだ魔物の体を貫く槍につかまったままだった。すぐに敵が暴れだしたため、飛び降りるタイミングを逃してしまったようだ。
あちらこちらへと振り回されるモグは、しばらく懸命に槍にしがみついていたが、ついにその体が宙に投げ出された。
「モグ!」
ティナの悲鳴と同時に、エドガーは上空を見上げた。
モグは、背中の羽根でなんとか体勢を整えようとしている。はためく小さな羽根は、落下速度を少しはやわらげているようだが、体を支えて滞空させるまでには至らない。モグは浮遊魔法も覚えていないはずだ。
今エドガーたちのいるこの洞窟は、ごつごつとした岩石がそこらに転がっており、足場が悪い。溶けた溶岩が露出している部分すらある。着地に失敗したらひどいダメージを負うことになるだろう。
不幸中の幸いで、モグが放り出されたのはエドガーのいる方角だった。
「ティナ、リルム、あいつにとどめを刺してくれ!」
指示を出したエドガーにリルムは頷きかけて、しかし反論する。
「モグはどうすんの!?」
「私が受け止める」
道具袋の中に何かクッションになるものがあるかもしれないが、探している暇はなさそうだった。
エドガーは持っていた槍を地面に放り投げる。そしてできるだけ目測を誤らないように位置を読み、その地点に移動して待ち構えた。
ほどなくしておおよそ読みどおりの位置めがけて落下してきたモグを、腰を落としつつ両腕で受け止めた。
「……っ、と」
人間の大人よりは小さいとはいえ、モグはそれなりに体が大きく、体重もある。受け止めた際の衝撃が鎧を通じて伝わり、腕が痺れる。重みで数歩ほど後ろによろめいたが、なんとか持ちこたえた。
同時に、暴れ回っていたモンスターがティナとリルムの魔法に追い打ちをかけられ、ついに完全に力尽きるのが見えた。
その光景を見届け、そして腕の中のモグの無事を確認して、ようやくエドガーは詰めていた息を吐きだした。
「大丈夫かい?」
「あ、あぶなかったクポ……」
エドガーはしゃがみこみ、モグを支えながらゆっくりと地面に下ろしてやる。モグは体を震わせた後、ちょこんと頭を下げて礼を言った。
「ありがとクポ、助かったクポ!」
それは庇護欲を刺激する愛らしいしぐさだった。戦いの緊張感も一気に解けて、思わずエドガーの頬が緩む。
そして無意識に手が動いた。エドガーはしゃがみこんだまま、伸ばした手をモグの頭に乗せ、そのまま毛の流れに沿うように撫でてみる。ふかふかとした優しい感触と、高めの体温が手のひらに伝わってきた。
む、とエドガーは内心唸る。
もう一度、確かめるように、毛足の短い柔らかな白に手をうずめた。
――これは、なかなか。
エドガーは、何かにつけてモグに触りたがるティナの気持ちを少しばかり理解した。確かに、くせになりそうな手ざわりだった。もう一度だけ、のつもりがつい二度三度と続けてしまう。
しかし、ふと傍らに放ってある自分の槍が視界に入って、エドガーは我に返る。
モグは、可愛らしい見た目をしていながらも、エドガーと同じ武器を器用に扱う立派な戦士である。断りもなく無遠慮に撫でられてはあまり愉快な気はしないかもしれない。
急に止まった手に、おとなしくされるがままになっていたモグは、少し頭を傾げた。
「クポ?」
ティナやリルムなら詳しいのだろうが、エドガーにはモーグリの表情の変化がよくわからない。不機嫌なのかそうでないのかすら判断しかねて、とりあえず手を引いた。
「すまない、急に」
エドガーの謝罪に対し、モグは頭を傾げたまま少しの間考えを巡らせているようだった。やがて、口を開いて呟いた。
「あまりベタベタ触られるのはイヤだけど……でもべつに、謝ることじゃない、クポ」
言葉の歯切れは悪い。しかし改めて観察してみると、モグの頭上の黄色いポンポンが、右へ左へと弾むように揺れていることにエドガーは気づいた。
そのようすを、少しだけ離れたところから、ティナとリルムがじっと見つめている。
「……エドガー、モグのことずっとひとりじめしてる」
「いいなあ。リルムもモグなでたいのに」
彼女らの呟きはモグにも届いたことだろう。エドガーは苦笑して、モグにだけ聞こえるよう声を落として再度詫びる。
「すまない……あの子たちの対抗心をあおってしまったみたいだ」
エドガーがモグを解放しても、すぐに次はティナの番、そしてリルムの番、という展開になることは容易に想像できた。彼女たちの気が済むのはいつのことになるだろうか。
「クポー……」
同じような想像をしているのか、モグは口をつぐんでわずかに肩を落とす。ポンポンが、先ほどまでの弾む勢いを失って、今度は元気なく揺れた。
そのようすを見て、エドガーはどうしても抗えず、またモグの頭に手を伸ばしてしまうのだった。
それから少女二人がしびれを切らすまで、そして彼女たちにさんざん苦情を言われてエドガーがたじたじになるまで、そう時間はかからなかった。