2. 「むかしばなし」

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 サマサの村に寄ったのはストラゴスとリルムの一時帰宅のためで、あまり長く滞在する予定はなかった。

 そのはずだったが、伝説のモンスターであるヒドゥンの存在が、ストラゴスに火をつけた。その熱意に引きずられるようにして件の魔物がいる洞窟へと向かう戦闘メンバーをマッシュが見送ったのは、四日前のことだった。

 そして今朝、四人は無事に飛空艇に戻ってきた。昨晩はサマサで一泊したようだが、皆あまり疲れが取れていないようだ。

 とりわけ、ストラゴスの疲労は色濃いようだった。鍛錬中だったマッシュがおかえりと四人を迎えたところ、いきなりストラゴスに指名され、いつの間にかマッサージを施すという話になっていた。

 

「力加減がよくわかんねえからさ、強すぎたらごめんな」

 ファルコン号の客室の硬い寝台。ストラゴスにはそこにうつ伏せになってもらって、指先で腰に圧を加えていく。すっかり凝り固まってしまっているようだ。自己流で指圧を進めるマッシュの言葉に、ストラゴスはわずかに身をすくませた。

「お、恐ろしいことを言うゾイな」

 それでも、今のところは程よい加減のようだ。警戒するようすを見せつつも、ストラゴスは深く息をつき、体の力を徐々に抜いていく。

「いつもはリルムに頼むんじゃが……」

「ああ、たまに肩もみしてるよな」

「ただあの子もまだ疲れてるからの」

 リルムも洞窟へと同行していたのだ。それでマッシュに声がかかったという訳だった。

「マゴ」と「おじいちゃん」。そう呼び合うストラゴスとリルムを見ていると、マッシュは、祖父母を持つというのはどういう感じなのだろうと思う時がある。自分が物心ついた頃には、そのように呼べる存在はもういなかった。

 仮に祖父母が健在だったとしたら、とマッシュは想像しようとした。父、ばあやにじいや、それに師匠。彼らとはまた異なる距離感になるのだろうが、なかなかイメージがつかめない。

 そして抱いた疑問を、気づいたらそのまま口にしていた。

「もしじいちゃんがいたら、こんな感じだったりしたのかな」

 独り言のつもりだったが、ストラゴスは意外にもそれを拾った。

「おぬしらの祖父というと、二代前のフィガロ王じゃな」

 声の調子が、心なしか昔を懐かしむようなものに変わっていく。

「『神出鬼没の機械城』……サマサのような田舎にもその名は届いておったよ」

 自分がまだ子どもだったころ、どこからかうわさを聞いてきた父親が目を輝かせて話していたものだ、とストラゴスは回顧する。『遠い異国には、砂の中を駆ける城があるらしい』――そんなうわさ話を。

 城の潜航技術が初めて考案・実践されたのは、マッシュたちの祖父の治世下だった。今から何十年も前の話だ。ストラゴスの父親の世代がそれを知っていたとしても、年代的には不思議ではなかった。

 幾度もの試行の末に確立した技術は、フィガロが技術先進国として世界中に名をはせる基礎を形作った。しかしその礎は、大きな犠牲のうえに成り立っている。マッシュが知っている、そして今後語り継ぐことになるであろう母国の歴史だった。

 ストラゴスは語るように続ける。

「ワシとしては、城が動いて砂に潜るなんて、おとぎ話か何かだとずっと思っとった」

「まあ、そう思うよな。ふつうは」

「でも一度だけ……昔世界を飛び回ってたころ、フィガロに寄った時に、一度だけ見たことがあったんじゃ」

 若いころ、ストラゴスは珍しいモンスターを求めて世界中を回っていたのだと聞いたことがある。それでもフィガロにまで足を運んでいたとは思わず、マッシュは驚いた。

「え、潜航するところを見たってことか?」

「うむ……自分の目を疑ったゾイ」

 父親が楽しそうに語り、いつか目にすることを夢見ていた機械城。砂煙の中に立つそれが、振動とともにみるみるうちに砂に飲み込まれて、そして跡形もなく消え去ってしまう。

 いざそのさまを目の当たりにしたストラゴスは、足がすくんでしばらくその場を動けなかったという。

「すさまじい技術なのはわかるが……不気味というか、恐ろしい、とも思ったものゾイ」

 先ほどまで強い存在感をもってそこにあったものがこつぜんと消えてしまうことも、そして、人間があまりに高度な技術を操ることができるという事実も、恐ろしいと感じた。そうストラゴスは低く呟いたが、直後にはっとして少し顔を上げた。

「――すまんゾイ。おぬしらの国のことを」

 いや、とマッシュは指圧を続けながら、軽く首を横に振った。特に腹を立てるようなことだとは思わなかった。

「なんか……外から見たらそう感じるもんなんだな」

 フィガロ国外の出身者で潜航のようすを見たことがある者は、そういないはずだ。そのような人の話を聞くこと自体が、城内で生まれ育ち、かつフィガロ国内から出たことのなかったマッシュにとっては新鮮だった。

「生まれた時からそうだったからさ、俺らとしてはそれが当然なんだと思ってた。けど、本当はそうじゃないんだよな」

 指圧はとりあえずひと段落つけることにして、今度は拳で軽く腰を叩いていく。

「それにしても、長く生きてるとそれだけ色々見てるんだな。年の功、ってやつ?」

「そうじゃな……」

 どことなく自慢げにストラゴスは肯定したが、ふと言葉を切り、それから一転不機嫌そうに呟いた。

「……待つゾイ、今さりげなく年寄り扱いしたゾイ?」

「え? いや、そんなつもりじゃなかったんだけど」

「ワシはまだまだ行けるゾイ! なんたってあのヒドゥンめをしとめられるほどなんじゃ!」

 マッシュの弁解に耳も貸さず、ストラゴスはいきなり飛び起き、胸を張りながらベッドの上に立ち上がった。

 しかし、急な動きは腰にいたく負担をかけたようだ。次の瞬間、ストラゴスは魔法にかかってしまったかのようにぴたりと動きを止め、あっという間に青ざめていく。マッシュは慌ててストラゴスを支え、ベッドに寝そべらせた。

「あーあー、無理すんなよ。おじいちゃんなんだからさ」

「ま、また……若いモンはすぐそうやって……」

 ぼやきの続きは、うめき声にかき消された。

 湿布と塗り薬、あと鎮痛薬。どこにしまってあっただろうか。マッシュは呆れて笑いながら、荷物袋の中をひっくり返した。