マエドと、二人の関係を知っているセッツァーの話。後味ほろ苦(しょっぱなからスミマセン)
外見。優男と無骨な武闘家。
食べ物の好み。兄は甘味を愛し、弟は素朴な味付けを好む。
歩く速さ。王は悠然、僧はやや早足。
「――ここまで違うと、双子説にも信ぴょう性がなくなってくるわな」
目の前に座る兄弟の違いをひととおりあげつらってから、セッツァーはこう結論付けた。
安い酒場の卓は狭い。そこに男三人がひざを突き合わせて座るのは、若干きゅうくつだった。うち一人が熊と見まがう大男だからなおさらだ。
「『双子説』だって?」
身を縮こませて兄のために空間を作っていたマッシュが、セッツァーの言葉に顔をしかめた。そしてすぐに反論を始める。
「『説』もなにも、俺たちはホントのホントに双子なんだってば」
「俺はまだ信じたわけじゃねえからな」
「本人がこう言ってるのに、なんで信じないんだよ」
この二人と対面した当初は、双子だと聞かされてもどこか腑に落ちなかったものだ。信じていない、というのはさすがに誇張だが、「双子にしては似ていない」という印象は今でも変わらなかった。
セッツァーとマッシュの応酬を、エドガーは口元に笑みを浮かべつつ聞いていた。しかし弟に助けを求めるような視線を送られて、苦笑いしながら会話に加わった。
「過ごした環境が異なっていたんだ、いろいろ違いがあって当たり前だろう」
セッツァーのほうに軽く視線をやったエドガーは、片方の口角を吊り上げる。
「それとも、なんだ。きみの中では、双子はみな鏡写しみたいにそっくり同じじゃないとご不満かい?」
「ご不満ってこたあねえが、たまにお前らが双子ってことを忘れそうになる」
「えー、なんか傷つくなあそれ」
マッシュが年がいもなくふくれっ面を作るが、次の瞬間これまた子どものようにころりと表情を変えた。何かに気づいたのだろうか、考え込むような表情で腕を組みはじめる。
「まあでも……確かにちょっと信じがたいっていうか、不思議だよな。もとは一つの命だったものがさ」
素朴な所感にセッツァーは頷き、適当に話を合わせた。
「生命の神秘ってやつだな」
それ以上の言葉が特に出てこない。と思っていたところへ、エドガーが軽い咳払いとともに割り込んできた。
「……さて二人とも、そろそろ出ようか。もう閉店みたいだし、いいかげんあのおやじさんの視線が痛い」
三人は、閉店時間が近づいても、ひと飲みで終えられそうな量の酒をちびちびやって居座っていたのだった。店主らしき初老の男が眉間にしわを寄せ、無遠慮な視線を送ってきていた。
勘定を済ませ、三人は今夜の宿へと戻った。
部屋までたどり着くには、頼りないろうそくの灯りに照らされた古階段を上り、廊下を半分ほど歩かねばならない。セッツァーはマッシュの後に続いて階段を上がっていたが、ふいに、板のきしむ音にまぎれて低い声が耳に届いた。
「忘れてもらってもいいよ」
立ち止まり、後ろを振り返る。エドガーが無表情でこちらを見上げていた。セッツァーは軽く首を傾げて続きをうながした。
「さっきの話の続きだ。きみに限っては、忘れても、信じなくてもいい」
「ほう」
セッツァーは間延びさせた声にわざとらしい感嘆を乗せた。
「特別扱いを受けられて良い気分だ。で、なぜ俺に限ってそれが許される?」
相手の顔に目を凝らしてみても感情はうまく読めない。ただ、セッツァーの目には、それはどこか懸命に取り繕った無表情というように映った。
問われたエドガーは少しためらったようだったが、やがて再度口を開き、ささやいた。
「きみは、知っているから。俺とマッシュのことを」
確かにセッツァーは、二人の関係――セッツァー以外の誰もが知らない関係――を知っていた。
だから何だというのか。
セッツァーが「この二人が本当は双子ではない」などというねじ曲げられた認識を持ったところで、一体何の意味があるのか。エドガーにとってみれば、ほんのわずかにでも罪悪感から逃れられる薬にはなるのかもしれない。しかしそれだけだ。
くだらない、とセッツァーは鋭く舌打ちした。前方を行くマッシュが不思議そうに振り返る。気にするなと軽く手を振ってみせると、ほどなくして重量感のある歩みが再開した。それを確認してから、セッツァーはエドガーに対し苦々しく呟いた。
「この期に及んで、お前は、わずかでも正しくありたいとあがくのか」
「それは悪いことなのかな」
気味が悪いほどに落ち着きはらった答えだった。
セッツァーは早々に諦め、エドガーから顔を逸らしため息をつく。追及をしたところでどこにもたどり着かないことはわかっている。無駄な労力を払うのもばかげたことのように思えた。
「……いや、すまない。今のはすべて戯言と思ってくれ」
背後から謝罪の言葉が低く響いてきた。セッツァーは再び舌打ちしようとして、今度はなんとか抑えた。
「まったく、とんだ面倒に巻き込まれたもんだ」
言いながら大儀そうに階段を上りきる。
「すまないとは思っている」
少し遅れて上りきったエドガーは、再度詫びた。
「でかい貸しだぜ、お前ら二人とも」
「いつか、耳をそろえて返すよ。ブラックジャック号の借りと一緒にね」
隣に並んだエドガーは、セッツァーの肩をひとつ叩いた。その場にたたずむセッツァーを残し、すでに部屋の扉の前にたどり着いている弟を追いかけていく。
ほどなくして横並びになった双子の背中は、やはり似てはいないが、どちらもまっすぐ伸びている。何も知らなければ罪とは無縁に見えた。
「……いつになるやら」
セッツァーの独り言は誰に聞かれるでもなく、廊下の薄闇に溶けていった。