夜明け前、ベッドの中の二人。※not年齢制限ですが、そういう雰囲気は漂います
泥のように眠っていた。と思ったが、意外に眠りは浅かったようだ。
目覚めたマッシュの体には、深い眠りを経た後の満足感はない。むしろ体の節々になんともいえないだるさが残っていた。
大きく伸びをしようとして、思いとどまった。エドガーが隣でまだ眠っていたからだ。
なるべく動きを抑えつつ、マッシュはベッド横の小さなテーブルに腕を伸ばした。兄が自作した卓上時計で時刻を確認する。空が白みはじめるのはもう少し後だった。
このまま起き上がってもよかったが、少しもったいない気もする。一方で、再度眠るには妙に目が冴えてしまった。
そこでマッシュは、ひとまず目の前にいる兄を眺めて時間を潰すことにした。
二人はいつも向かい合って眠りにつく。就寝中いくら寝返りを打っても、最終的に目が覚める頃には、この寝姿に戻っていた。
本人に言ったらいやな顔をされるかもしれないが、エドガーの寝顔はどこか幼い。乱れて少し額に落ちてきている前髪や、ほんのわずかに開いた唇、何にもわずらわされずにただ穏やかな眠りに身をまかせている表情が、そんな印象を与えるのだった。
それらをひとつひとつ目に収めながら視線を下ろしていくと、規則正しい呼吸のたびに裸の胸が上下しているのが見えた。
マッシュは、エドガーの左胸にそっと手のひらを添えてみた。おだやかな拍動が掌底に伝わってくる。
不思議なことに、そこから与えられるのは安らぎだけではなかった。胸を締め付けられるような切なさ、この瞬間をずっと留めておきたいという切望。現実にはそれができないことのわずらい。そういったものたちが、胸のうちに次々と湧いてくる。
そしてそれらは、まるで小さな河川が本流に合流するように、寄り集まって、やがて大きなうねりを形づくっていく。
その感情のうねりに流されるようにして、マッシュは、エドガーの左胸に口づけを落とした。温かくなめらかな肌が唇に触れた。その行動をもってしても収まりのつかなかった感情が、今度は涙となってにじんできた。
ふいに、エドガーが身じろいだ。マッシュはあわてて目を瞬かせ、うっすらと水の膜を張っていた瞳を乾かそうとする。
起こしてしまっただろうか、と見上げてみれば、案の定まだ眠そうな目のエドガーがじっとこちらを見ていた。
「ごめん、起こしちまったな」
エドガーはそれには応えず、呆れたように深く息をついた。
「まったくお前は……」
「え?」
「まだ付け足りないのか」
何のことを言われているのかすぐにはわからなかった。しかし改めてよく見てみると、エドガーの胸にはところどころに鬱血の痕が散らばっている。昨日マッシュが付けたものだった。
昨夜この部屋を満たした温度が、湿度が、なまなましくよみがえってくる。マッシュの全身が一気に熱を帯びた。
「ち、違う、そんなつもりじゃなかったんだって」
「じゃあどういうつもりだったんだ」
必死に弁解するマッシュをエドガーは疑わしげに見やる。先ほどの感情の「うねり」を説明するのは難しい。なにより、照れくさかった。
「えっと、生存確認?」
エドガーは眉間にしわを寄せた。マッシュのごまかしに全く納得していないようだったが、深く追及はしないことにしたようだ。
「……まあ、いい。自分の手で確かめろ」
言って、エドガーはマッシュの手を取り、自身の左胸へと導いた。
先ほどまでゆったりとしていた胸の波打ちは、今は速さを増していた。細かな鼓動が手のひらを叩く。それはさざ波となって、マッシュの体内に少しずつ沁みていく。
「俺は生きてる?」
エドガーはおかしそうに笑っている。
その緩められた目元を見た瞬間、ああ、とマッシュはため息をつきたい気分になった。胸の中にまたひとつ、湧いた情動があった。これ以上「本流」に流れこんでも、もはや、溢れるばかりだというのに。
「俺も……触って」
かろうじて、それだけは言葉にすることができた。マッシュは兄の手をつかみ自身の左胸に押し付けた。エドガーは意外そうに眉を上げる。
「ずいぶん速いな」
「兄貴と同じくらいだよ」
「そうかな」
「速い理由も、兄貴といっしょだ」
内緒話の声色でささやいた。
「本当に?」
目を細めたエドガーは、いたずらに乗っかった子どものようにささやき返してくる。熱っぽい渇きがその裏にひそんでいることにマッシュは気づいていた。
「きっとそうだ」
「じゃあ、確かめさせてくれ――」
言葉を発したのはエドガーだったが、唇を塞いだのはどちらが先だろうか。