エドガーが笑顔の裏に秘めているものがわかる(わかってしまう)マッシュ。薄暗く、健全ではないです。あと、読後感がちょっとしんどいかもしれません…
「ありがとう、大丈夫だよ」
疲れを気づかう仲間に対して、エドガーが笑いながら答える声が聞こえる。そのたびにマッシュは必ずエドガーの表情を確認するようにしている。
その言葉どおりであるのなら、それで良い。そうでない場合――癖として染みついた言葉と笑顔であった場合がマッシュにとっては問題だ。
立場柄弱みを見せたがらないエドガーは、積み重なった疲労や苦悩を笑顔で覆い隠してしまうときがある。離ればなれになっていた十年の間、いや、もしかしたらそれよりも前に身についていた癖だと思われた。そして、それはどうやらマッシュだけに見破ることができるもののようだった。
エドガーの笑顔の嘘に気づいたら、マッシュは、まずどうにかして二人だけの空間を確保する。二人きりになってから何も言わずにエドガーの体を抱きしめる。そうすると、兄もまた無言のまま身を委ねてくる。時にはたわむれで、額に軽くキスをしてみる。昔兄が安眠のお守りとしてマッシュにしてくれたように。
そのまま抱き合っている間は、重責を担う兄の、止まり木のような存在になれたような気がした。他の誰もが見落としてしまうことに気づけるのが誇らしく、少しの優越感を覚えていた。
しかし今となっては、それは――少なくともマッシュにとっては――必ずしも歓迎すべきことではなくなっていた。
今日エドガーが仲間に言っていた「大丈夫」は、言葉どおりのものではなかった。したがってマッシュは、宿の部屋でエドガーと二人きりになってからいつものようにその体を両腕で包み込んだ。兄は弟の体を抱きしめ返してきた。
今までならこれで終わりだった。その「先」への道が開けていたことに気がついたのはいつのことだったろうか。
これまでは、温かく包み込んで安らぎを与えるだけだった腕と手。今は体を拘束し這いまわり、安寧とはほど遠い熱を与えようとする。
親愛のキスしか知らなかった唇は濡れた感触を覚えた。それでは飽き足らず、二人は、いつしか舌でもって相手の粘膜にまで干渉し始めた。
口内を侵している間は、互いの体の境界がいっさいなくなり、溶けあっているかのように錯覚することができる。今この時もそうだった。
ふいに、エドガーが唇を離して息を継いだ。その小さな空気の震えはマッシュをさらに昂らせた。
マッシュの唇はエドガーの口元から横顔へと移る。熱を持っている耳たぶを軽く噛んで、かすれた声でささやいた。
「兄貴」
その時、抱いていた体がほんのわずかに緊張を帯びた。違和感を覚えたマッシュはいったん顔を離してエドガーの表情をうかがう。彼は目が合う前に顔をそむけた。
「大丈夫か」
問いへの答えとして改めてマッシュに向けられたのは、笑顔だった。強張りも引きつりも、きず一つない微笑だった。
「ああ」
それは嘘だった。指摘こそしなかったがマッシュは察した。美しい笑みの覆い、その下に隠されているものがあるとわかった。
その覆いをそっと外してみると、あふれ出るのは、今こうして道徳に背いていることに起因するものたちだ。罪の意識や後悔、そういったものが、マッシュの中に流れ込んでくるようだった。
しかし、それらが直接エドガーの言葉を介して語られることはない。確かにそこに存在するはずなのに、言及されることはこれまで一度もなかった。そしておそらく今日も。
「……なあ、本当に、大丈夫?」
無駄であるとわかっていながらマッシュは食い下がってみた。
エドガーは笑みを深める。そしてマッシュの気を逸らせようとするかのように、自分から弟の唇を塞いだ。
舌で愛撫を受けながらマッシュは願い望む。
肝心なところでエドガーの苦しみを取り除く助けになれないのであれば、いっそ、鈍い弟でいられたならよかった。
巧みな嘘を見破ることのできない自分のままで、愚かなひたむきさで兄に溺れ、愛したかった。