宴会では酒がすべて、というつもりはない。が、やはり物足りない。
立ち寄った小さな村にて催された、召喚士一行を歓迎するささやかな宴はだんだんとにぎやかさを増していった。今となっては、無礼講とばかりに皆盛り上がっている。村民の明るい気質がよくわかる光景だった。
すっかりできあがってばか騒ぎをする村の若い衆をやや遠巻きに眺めている自分を俯瞰して、ジェクトはうすら寒さすら覚える。まったく自分らしくないからだ。
通常なら、騒ぎに混じるほう、いやむしろ騒ぎの中心になるほうだというのに。禁酒には慣れてきたところだが、こういうときに歯噛みするような気分を味わうのは避けられなかった。
こうして酔った人間を客観的に見ていると、うらやましくてどうしようもなくなるときがある。
酩酊してうまく回らない頭で、下らないことをしゃべり、下らないことに笑っていれば、たとえ一時でも忘れられるような気がするのだ。時折、冷たく重い金属のように流し込まれる孤独感を。嫌な感触で胸を焼く後悔を。
にぎやかな席にいるというのにどんより沈みゆく思考は、目の前にずいと差し出されたグラスによってさえぎられる。
差出人は、なんの意外性もなく不機嫌面をしているアーロンだった。表情を変えないまま、アーロンはグラスを揺らし受け取れと促す。
片手で受け取ったグラスは、まるで夕日を溶かしたような鮮やかな色で満たされている。爽やかな香りが鼻をくすぐった。
「ジュース?」
「このあたりで採れる果物を使っているらしい」
聞くと、そう補足してくれる。
「へえ。わざわざ持ってきてくれたんか」
「言っておくが別にきさまのために持ってきたわけじゃない。酒が欲しいと騒がれたら迷惑なだけだ」
顔を背けながらアーロンがあおるのは、今しがた渡されたのと同じ飲み物と思われた。わざとらしいほどにそっけなさを装うアーロンに、いたずら心がわき起こる。
「アーロンよう……それ、結局は『ジェクトサマのために持ってきました!』って言ってるようなモンだぜ?」
「はあ? お前、ちゃんと聞いてたか?」
「おうともよ。そいつを持っていこうと思った時に、おめえは俺様のことを考えたんだよな? つまりおめえの行動の理由に、俺様の存在があるってわけ。これってよォ」
テーブルに肘をついて、グラスを口元で掲げる。そうしてわざと表情を読みにくくして、目だけで笑ってみる。
「『愛』だと思わねえ?」
途端、ひきつる青年の顔。はいはい、何を言っているのやら。そう一蹴すればすむ話なのに、アーロンは真正面から受け止めてしまうのだとわかっている。今回も案の定。
「あ、愛? なんなんだ、そのわけのわからん理屈は……」
口八丁で相手を煙に巻くのは、他人に本心を悟られるのを善しとしないジェクトの得意とするところだ。それを駆使してこの青年を翻弄するのが楽しくて仕方ない。
いささか悪趣味な戯れではあるが、べつにザナルカンドにいたときからの趣味ではない(息子に対する態度とはまた性質が異なるので、ここでは脇に置いておくとして)。なぜか、ことこの青年に対しては適当なことを言ってからかいたくなってしまうのだ。
アーロンは、さっきまでの不機嫌面を困惑面に変えてこちらを見ている。
「まさか酔っているのか?」
そんなことを言い出すものだから、つい吹き出してしまった。
「飲んでねえっつの。一日中一緒なんだからおめえが一番わかってるだろ」
不機嫌な仮面がはがされて、よくよく見れば意外と表情豊かな彼の生の感情が現れる瞬間を見ることが好きだった。スピラに渡って以来ぽっかりと穴でも空いてしまっていたような胸が、満たされていく心地がするからだ。
それが、青い若造に対する親心のようなもの以上の意味を持っているのかは、まだ判断はつきかねる。しかし、そのように考えること自体が、答えを示しているような気もした。
「ジェクト、そのへんにしてあげたらどうだい」
少し離れたところから、ブラスカののんびりとした声が飛んで来る。
助け船に、アーロンが安心したようにほっと息をついた。しかし、すぐ後にブラスカが続けた言葉に、まさにその船から突き落とされたかのようにあっけにとられた表情へと変わる。
「アーロンで遊びすぎないように」
「あ、遊ぶとはどういう意味ですか!?」
アーロンは、肩をすくめるジェクトにはもはや目もくれずブラスカを問いただしている。
ブラスカもアーロンをからかうのがお気に入りなのだ。悪趣味なやつ、と自分のことを棚に上げて笑う。
わりいなアーロン。ま、がんばってくれや。
そんな無責任にもほどがあるエールを放り投げて、甘酸っぱい果汁を飲み干した。
【あとがき】
本人には大変申し訳ないが、アーロン(25)を困らせる35歳二人という構図、好きすぎる
好きすぎる……