2.「ちょうこく」

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 地図を眺めるのは好きだ。しかし次にどこへ行くべきか、そしてそのさらに後の計画を考えながらずっと地図をにらんでいると、さすがに息が詰まってきた。

 気分転換と称してエドガーは、作業部屋である客室を出てファルコン号の中を歩き始める。機関室でエンジンの熱気を感じ、甲板で外の空気を吸う。それから客室へと戻りかけたが、何となくまだそうしたくない気分だった。

 そのままあてもなくふらふらとする途中で、開けた談話室の隅、壁に向かって座り込んでいるウーマロの背中が目に入った。

 飛空艇の客室はきゅうくつなのか、彼はこの広い部屋にいることを選んだ。この一角はもはやウーマロ専用の区画となっていて、彼が制作した骨彫刻の作品や素材である骨が散らばっていた。

 骨は、ウーマロがどこかから調達してくる。しかし当初は、魔物から引きはがされてそのままの血やらなにやらがついた状態で、時にはしとめた魔物をそのまま飛空艇に持ち込もうとすることすらあったものだから、セッツァーが卒倒しそうになっていた。

 そこで、ウーマロが獲物をそのまま持ってきたときは、モンスターの体の構造に詳しいストラゴスと手先の器用なロックが、きれいに骨をはがして洗浄してから飛空艇に持ち込むのが恒例になっていた。

 ロックは、たまたまその辺にいたのを駆り出されただけらしく、当初は青い顔をしながら作業していた。そんなロックに「おまえも一度はやってみろ」と言われるたびに、エドガーは無言の笑顔で彼の肩を叩き飛空艇の中に引っ込む。これもまた、恒例になっていた。

 エドガーは、足元に転がる作品を蹴とばさないよう注意しながら、熱心に骨を彫る背中に声をかけてみる。

「ここにある彫刻、見ててもいいかい」

 動きを止めて、ウーマロが肩越しに振り返る。エドガーはしゃがみこんで彫刻を一つ手に取り、わずかに首を傾げて繰り返した。

「これ、見ててもいいかい」

 ウーマロはエドガーの手の中の彫刻を見、それからエドガーの顔を見た後、特に何も言わずにまた壁の方を向いた。エドガーはそれを肯定ととって、座り込んだまま手の中の作品を観察し始める。

 置物、なのだろうか。おそらく動物をかたどったものと見受けられた。

 頭にあたるであろう部位には、小さな三角の耳が立っている。猫かとも思ったが、それにしてはずいぶんずんぐりとした体形をしているし、尻尾もない。代わりに、胴のやや上、背中にあたるらしい部分から、何やら突起が出ている。薄さと形状から、羽根を模していることがわかった。

 あ、とエドガーは思わず声を漏らした。

 声に反応したウーマロが再度エドガーをちら、と振り返った。答え合わせをしようと、エドガーは彫刻をウーマロに見せながら問いかけてみる。

「モグ?」

 長い毛から覗く瞳が、二回ほど瞬いた。それからなにやら低い唸り声を上げた後に、再度作業に戻る。エドガーの聞き間違いでなければ、おそらく「モグ」と発話されていた。

 正体がわかると、手の中の彫刻に先ほどよりも愛嬌が感じられるような気がして、エドガーは思わず口元をほころばせた。

 

 ばきり、と何かが砕けるような音がしたのは、その直後だった。

 おや、と音のした方、ウーマロの方を見ると作業の手が止まっている。エドガーは立ち上がり、ウーマロの肩越しにその手元を覗いてみた。

 雪男の右手の中では、薄く尖らせた、暗い鼠色の石が真っ二つに割れてしまっている。彫刻刀として使っていたものだろう。ウーマロは、他の石刀を持ってくるでもなく、ただ手の中の割れた石を見つめていた。

 エドガーは辺りを見回したが、他に彫刻刀になりそうなものは見当たらなかった。

「ちょっと待っててくれ」

 ひとこと声をかけてから、エドガーは客室へと戻り、道具袋の中を探し始める。その中から、刃にそれなりの硬度がありそうなナイフを二、三見繕い、再度ウーマロのもとへと赴いた。

「この中で使えそうなものはあるかな?」

 ウーマロの前に、持ってきたナイフを並べる。体をこちらに向けた雪男はしばらくナイフを見つめていたが、やがてそれぞれを手に取って骨を切りつけ始めた。使い勝手を試しているようだ。

 それを二周経た後、そのうちの一本――比較的硬度のあるミスリルナイフが、彼の眼鏡にかなったようだ。エドガーはほっとしたが、すぐに苦笑いするはめになる。

 ウーマロが、そのナイフを使って彫刻を続行するのではなく、割れた石刀の小さな破片を懸命に削り始めたからだ。

 あくまでこの石で作られた彫刻刀で彫りたい、ということなのだろうか。であれば、新たに石を調達したほうがいいようにエドガーには思えた。ウーマロの手元に残っている石の破片は、石刀として使うにはあまりに小さい。

「……ナルシェに寄ろうか?」

 とりあえず、エドガーは提案してみた。石刀はウーマロが仲間になった時に持ち込まれたもののはずだ。であれば、それには彼のすみかで採れる石が使われているのではないかとの推測からだった。

「ナルシェ」の言葉に反応したウーマロは、再び目を瞬かせる。そして短く唸り、かすかに頷いたようだった。

 次の行き先が決まった。