8. 同じ景色を見ていた

ゲームエンディング直後の二人。離れてる間も同じ景色を見ていた双子、そしてこれからは?

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 瓦礫の塔から飛び立ったファルコン号が最初に寄ったのは、フィガロ城だった。エドガーとマッシュは、命がけの旅をともにした仲間たちとの別れを惜しみながら飛空艇を降りた。

 二人で、城の屋上から空駆ける艇を見送る。船体の影が暁光の中に溶けていく。やがてその姿かたちが全く見えなくなっても、エドガーは明けゆく空を眺めていた。

 エドガーとマッシュの旅は、終わった。

 

 残された二人は、鳥のさえずりも風の音すらも無いまったくの静寂に包まれる。

「――さて、と」

 このままではいつまでもこの場にいてしまいそうだった。余韻を断ち切るように、エドガーは明るい声を出した。

「そろそろ中に戻るか。今ごろ大臣が城中を叩き起こしてるはずだ。みんな俺たちのことを待ってるよ」

 隣に立つ弟の肩を軽く叩いて、城内への階段に足を向ける。

 その時マッシュが声を上げた。

「待ってくれ」

 エドガーの足が止まる。

「もうちょっとだけ、いいかな」

 静かに発せられたその言葉の意図はわからなかったが、少なくとも反対する理由はない。エドガーはうなずき、なおも飛空艇の去った先を向いているマッシュの視線の先を追った。

 昇る日が、まだわずかにまどろみを残す夜明けの風情を朝の空気に塗りかえていく。太陽の光を受けて、細かな波をたたえた砂原が輝きはじめた。

「コルツにも……コルツ山にも、砂漠が見える場所があったんだ」

 呟くようにマッシュが語り始めた。

 上の方まで行ってしまうとさすがに雲海に阻まれてしまうが、中腹あたりに地上がよく見える地点があったのだという。

「朝早く行くと、ちょうど今みたいに日が昇って、砂がきらきら光ってさ」

「なら、俺たちは別々の場所で同じ景色を見てたのかもしれないな」

 マッシュは首を縦に振って同意する。

「そうだね。本当は、兄貴にコルツからの眺めも見せてあげたかったけど……それはもう、できない」

 世界でも屈指の規模を誇っていた霊峰コルツは、世界崩壊の直接的な影響を受けいまや見る影もなくなってしまった。わずかに声を詰まらせたマッシュは、かの地に思いをはせるように軽く面を伏せた。

 エドガーは弟が必要とする時間を与え、静かに続きを待った。

「だからさ……」

 声の調子が変わった。先ほどまで見え隠れしていた繊細な郷愁の念は消えていた。今は、強く太い一本の芯が通っているように感じられた。

「これからは、同じ景色を、同じ場所で一緒に見たいんだ。ずっと」

 顔を上げ、決意した瞳で、マッシュはまっすぐにエドガーを見つめた。

 エドガーはマッシュから視線を外し、軽く目を閉じた。

「それが……お前の答えなんだね」

 旅が終わった後のことを、一度だけ、兄弟で話し合ったことがあった。

 マッシュが城に戻ってくると言うなら城中が歓喜に包まれるだろう。そして存分に国のために働いてもらうことになる。それとも、せっかく自由を手にし広い世界を知ったのだ。再び旅に出るのならそれもそれで良い。

 あらゆる可能性が提示されたが、結局その時は結論が出なかった。その時点で持ち越されていた答えが、今、マッシュによって示された。

「後悔しないか」

 意地の悪い質問だと自覚しつつ、エドガーはマッシュに問う。答えは間髪を入れずに返ってきた。

「しないし、させない」

 後者の言葉は予想していなかったものだった。思わず目を開けて弟の表情をうかがう。曇りひとつない一対の青がエドガーを射貫いてきた。

「俺に別の道を選ばせておけばよかった、なんて後悔を、俺は、兄貴には絶対にさせない」

 ――ああ、先手を打たれてしまったか。エドガーは心の内で苦笑した。確かに、いくらマッシュが後悔しないと主張したとしても、エドガー自身の中で折り合いがつけられるかどうかはきっとまた別の話だ。

 それすらも見越しているというのなら、これ以上他に言うべきことはあるだろうか。

「その言葉、忘れるなよ。マッシュ」

 マッシュは力強くうなずき、歯を見せて笑った。

 

 父を失ったあの夜。まさにこの場所で、彼にとってのただ一つの希望である「自由」にすがり泣いていた小さな弟。その影はもう、ここにはない。