マッシュと再会して、ずっと忘れていたことや欠けていたものを取り戻していくエドガー。でも…… ※短い・抽象的な話・後味つらい感じかもしれぬです
濃霧が立ちこめる霊峰での、あの一瞬が今も焼き付いて離れない。
その男は、目を見張りエドガーを呼んだ。別人のように成長した風貌で、記憶よりもずいぶんと低くなった声で、しかし呼び名だけは昔とまったく同じだった。
これまで水中で遠く外界の音を聞いていたところを突然引き上げられたかのように、その声がやけにはっきりと耳に届いたのを覚えている。
その日から、エドガーの無味乾燥な世界に徐々に色彩が戻ってきた。久々の再会のぎこちなさをまったく感じさせずに弟はエドガーの手をとる。幼い頃とは逆の構図で、手を引いてさまざまな場所に兄を連れていく。
その道中では何度も足が止まる。道端に咲く可憐な花や、木の枝に身を寄せ合う小鳥、風にさやさやと鳴る木の葉に、夕暮れの茜色に染まる薄雲。エドガーが即位してから十年の間、怒りに、辛苦に、屈辱に追い立てられ足早に通り過ぎていったものたちだ。それらを目に留めて、弟は、きれいだねとか、かわいいねと笑う。
その笑顔を見て思い出す。そうだ、確かに、そういうものだった。いかに自分がたくさんのものを忘れ、その前を通り過ぎてきたかを思い知らされた。
そうして思い出していくうちに、いつのまにか、エドガーが身を置く世界はいよいよ元の鮮やかさを取り戻していた。
さまざまな色味にあふれる風景の中で、再会が叶うと思っていなかった大切な弟が笑っている。それだけで、もう他には何もいらないと思えた。
そのはずなのに心が痛んだ。いったいこれ以上何を望むのか。問うてみても、心臓は、まだ足りないとつぶやくだけだった。
当惑していたところへ、弟が手を伸ばしてくる。それは導くために差し伸べられたものではない。求めるものをどうにかして掴もうとする手に変わっていた。弟の表情はもう笑っていない。彼の目もまた、不足を訴えていた。
エドガーは伸ばされた手をとった。
求めあう手を結んだことでようやくわかった。どうやらそれぞれの心は、十年前の別れの日から、ずっと片割れを失っていた状態だったらしい。
半分どうしの心は、他の何かが入りこむ余地を与えないほどにぴたりと接合した。元がひとつであるのなら当然といえた。
しかしどうしたことか、片割れを取り戻して真に満たされたはずのエドガーの心臓は泣いている。弟の手で愛されるたびに泣いている。「どうしてお前でなければだめなのか」と。